「この地球上から歌がすべて消えても、母と子がいれば、子守唄は必ず残る。」


1年前の今日を最後に消えてしまったものがいくつかあって、
皆で築いたステージやHOME、この先に対する希望展望、彼女に抱いてた幻想、その他諸々、
それら捨て去れるものもあるし、築き直せるものもある。






しかし、彼女が歌い手たり得た大事な部分。


楽曲とそれに伴う、記憶だとか思い出だとか、本当に大事な部分、
それらはもう二度と後藤真希の手によって色を得ることはなくなった訳で。
それは所属が変わったことで決定的になってしまいました。


僕の頭の中の「思い出」と書かれた”容器”が
僕が日々積み重ねてく年月の分だけ相応に拡がり続ける、
これ以上、大きくなることのない”コアの部分”が不全状態を起こした状態のままで。
やがてそこに隙間が生まれ、”容器”が動けばカタコトとむなしい音を鳴らすだけ。




非常に切ない、そして歯痒い。
だからこそ、この1年間、”モノ”としては存在する彼女の音楽を避けてきた。







今から、数週間前、
僕が後藤真希のツアーを初めて触れた会場で、一人の女のコが彼女の歌を歌っていた。
名前を真野恵里菜と云う。


僕は現在、というか数ヶ月前からその女のコを応援し続けている。
出たての頃の後藤真希と似てるという人も中にはいるが、僕はそうは思わない。
例えようのない”華”があるという意味では共通点はあるが。




その歌はお世辞にも上手いともいえず、ダンスも本家に比べればお粗末この上ない。


「大丈夫、きっと大丈夫」


全然、大丈夫じゃなかった。(苦笑)




しかし、この歌を愛でるような満面の笑顔だった。






彼女に隙間の埋め合わせをしてだとか、押し付けがましいコトは言う気はないが、
僕はただ単純に、後藤真希が彩りを与えてきた曲を歌って欲しいと思った。
彼女に限らず、すべての人に、歌を愛せる人に。




やがて、その歌が鈴や、小石となり、僕の”思い出”という容器の中に入り込み、
”容器”が動き出した時に音を鳴らして欲しいと思った。


ガチャガチャと賑やかしい音を。


今はそう願う。